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映像翻訳の思い
これは、あるメールマガジンに寄稿した文章です。翻訳者の皆さん、翻訳者を目指す皆さん、ぜひ一読してくださいね。


1. 【字幕翻訳今昔物語】 2004年01月20日(火)
私は4年前に会社を創設するまで、フリーランスの翻訳者でした。
私がフリー翻訳者として字幕に関わりだしたのは、それまで劇場でしか観ることの出来なかった作品がビデオ化されて間もない頃、1980年代半ばです。劇場の字幕翻訳者さんは、今も大活躍されている戸田奈津子さんを筆頭に、ほんの一握りの方々かいなかった時代です。それが1980年代初めから、ビデオデッキが家庭に広く普及され、レンタルビデオ店が一気に出来始め、劇場公開されたさまざまな作品がビデオ化されていきました。
それまでに劇場公開された作品の字幕は、ある意味、流れて消えてしまう字幕でしたが、ビデオとなると半永久的に残るので、差別表現・表現の統一など、細かい手直しが必要になり、リライトやチェックという作業が不可欠となりました。私がこの仕事に携わり始めたのも、そうしたリライトやチェック要員としてでした。同時に、海外の未公開作品も字幕をつけて売り出されていたので、徐々にそのような未公開作品の字幕翻訳を任せてもらえるようになっていったわけです。ちなみに私が最初に字幕翻訳をしたのは、イタリアのポルノ映画でした。幼い子供がいた私は、深夜、子供達が寝静まったころ、こそこそとモザイクだらけの映像を見ながら、ストップウォッチ片手に字幕用の原稿用紙にあられもないセリフを書き綴っていたのでした…。(まだまだ鉛筆と消しゴムの時代です。)

そのような第一次(?)字幕翻訳ブームに字幕翻訳を始めた人たちは、私のように誤訳や言い回しをチェックするチェッカーとして、あるいは最終的な統一など全体を見る演出者として、また、字幕のインタイムとアウトタイムを入れるスポッティング要員として修行を積みながら、字幕翻訳者になっていきました。当時の仲間が手掛けた作品には、「レオン」「ラッシュアワー」「ジョンQ」「天使にラブソングを」「ライオンキング」「ファインディングニモ」「少林サッカー」「恋する予感」「アリーMYラブ」「シカゴホープ」「マッドTV」などなど、多数あります。みんなそれぞれ、制作会社のオジサマ方に鍛えられ、泣きながら(?)字幕を書いていた面々です。彼らは今もよき遊び相手・相談相手としてなくてはならない存在です。

この時に字幕翻訳を始めて、現在まで活躍している翻訳者は20名ほどではないでしょうか。そして、その数があまり変化しないまま、次のブームが押し寄せます。それが、BS・CS放送開始、映画のDVD化です。

ビデオ化の波の後、少しずつ字幕翻訳講座が増え始めましたが、実際にはそれほどフリー翻訳者の需要は増えていなかったのが現状です。社員として自社内に翻訳専門の部署を作る会社も多くなり、フリーとして新たに業界に食い込むのは容易なことではなかったでしょう。

そこへ新しい需要が拡大し始めました。BS・CSの放送局はタケノコのようにニョキニョキ生まれ、海外番組の24時間放送をうたう局などもあり、一気に翻訳者不足となったのです。また、DVDの本編は劇場用の原稿をほぼそのまま使うにしても、特典映像・音声解説など、オマケが山のようにつくようになり、新分野の字幕翻訳者も必要になりました。初めて音声解説の翻訳をしたときは、「こんなの誰が観るの〜?」というような気持ちでしたが、いつのまにか、「DVDといったら音声解説や特典映像」というぐらい、それを楽しみに購入する方々も多いと聞きます。

そのように需要が拡大する中、放送局・制作会社などは字幕翻訳者を探しまくりました。もちろん、字幕翻訳を目指していた人は数多くいます。そこに翻訳学校を出たばかりの方々が多数採用されていった経緯があります。実務経験が皆無の方々が字幕を書くのですから、さまざまな問題点が出てきたのも事実です。中には本数をこなさなければならないため苦し紛れに未経験者を採用し、何本か仕事を振るもののそのまま使い捨てにする制作会社も存在するようです。字幕翻訳者になることが夢だった人たちにとって、いったい何が悪くて次から仕事がこないのだろうか…と悶々とする日々が続きます。

要するに、以前と違って「フリーの翻訳者を、仕事をさせながらじっくり育てよう」という環境ではなくなってきているのです。「テレビ番組は、海外で放送されたらすぐに日本でも放送しよう」、あるいは、「劇場映画は、公開したら時間がたたないうちにDVDを売り出そう」という市場になっており、納期は短く予算もないという厳しい状況です。しかも目の肥えた視聴者は、稚拙な字幕では満足しません。何から何まで今までとは違う状況になってきました。
さて、そのような厳しい現状を打破して実力を認めてもらうためにはどうするか…。

次回は、その辺のお話をしていきたいと思います。



2. 【まず何をすべきなのか】 2004年2月29日(日)
前回は、字幕翻訳業界のこれまでの流れを中心にお話してきました。
さて、このような現状の中、どうすれば仕事が出来るようになるのか。
字幕翻訳者として必要な資質について考えてみましょう。

1) 英語が堪能である。
2) 日本語の引出しをたくさん持っている。
3) 調べ物が苦にならない。
4) 作業が早い。  
5) スケジュール管理がきちんとできる。 
などなど…。
このように、さまざまな要素が組み合わさっています。
映画が好きで英語が出来れば何とかなるというものではありません。
まず「英語力」についてですが、これは基本中の基本。英語のスクリプトが難なく読みこなせ、スクリプト(英文台本)に抜けている部分があっても、多少のことなら自分でヒアリングをして乗り切れないと作業が進みません。
通常、数分単位のヒアリング必要個所が出てきても、クライアントが新たにヒアリングをしてくれることもないですし、こちらがヒアリングを知人に頼んでも、ヒアリング料金をいただけることはほとんどありません。第一、人にヒアリングを頼んで待っていられるほど、余裕がある納期は多くないのです。もちろん、台本に書いてある英語の解釈が間違っているのではお話になりません。日ごろから、英語力を磨き、ある程度のヒアリング力を養うのは大切なことです。

次に「日本語の引き出し」です。
ひと言で説明するなら、1つの英語の文章を見て、いくつの翻訳が浮かぶか・・・です。通常、英文解釈では、1つの文章に1つの日本語がきっちりあてはめられれば、合格です。でも、字幕の世界ではそうはいきません。プロの翻訳者は、瞬時にいくつかの日本語訳を頭に浮かべることができます。そして、その中で一番適当な訳を、さらに料理していくのです。英語は、ある意味単純な言語なので、
1つの単語にいくつもの日本語があてはまります。その時、学校で習った辞書の単語をあてはめるのではなく、その意味から汲んだ的確な日本語を繰り出せないといけません。そのためにも、いろいろなジャンルの書物を読むように努め、言葉の引き出しを増やしていく必要があります。

「調べ物」も、非常に大切な翻訳作業のひとつです。
軍隊ものの翻訳をする時、法廷ものの翻訳をする時、実際に現場ではどのような語彙を使っているのか知らないと、翻訳のしようがありません。「Captain」という肩書きも、海軍・陸軍で違ってきます。襟章で区別をつけなければならないこともあります。法廷で使われる「hearing」という言葉も、「聴聞」なのか「公聴」なのか、どういうふうに使い分けているのか分からないと翻訳できません。それに加えて、厄介なのが「商品名」。それが、歯磨き粉の銘柄なのか、お菓子の名前なのか分からないと、話になりません。というように、いろいろな事柄を調べる必要性が出てきます。昔は、自衛隊や弁護士会に電話をして聞いたりしたものです。
今は、ある程度インターネットで調べがつきますが、ウラを取る時間と手間を惜しんではいけません。

そして、「スピード」も重要です。最近は特に納期が厳しいものが多く、1日250枚の字幕を書けるぐらいの速さがないと追いつきません。仮に6時間で250枚書くとすると、1時間に40枚、1枚に1分強の計算になります。スピードを出すには、先ほども書いたような、英語の意味を的確にとらえられること、訳語を瞬時に思い浮かべられること、調べものがスムーズにできることが大切になってきます。

最後は、「スケジュール管理」です。人間、生きていればアクシデントはつき物です。例えば納期の2日前に高熱を出してしまっても困らないよう、仕事は前倒しにするぐらいじゃないといけません。熱を出しても納期は待ってくれませんが、高熱の中、あと300枚書かなければいけないのと、あと100枚で済むのでは、自分の体のつらさも、内容の完成度も大きく違ってきます。納期に遅れて提出するなど
もってのほかです。スケジュール管理、さらに自己管理がしっかりできる人でないと、安心して仕事を任せられません。

以上のように、単に英語ができるだけでは字幕翻訳者になれません。あらゆる面に磨きをかけていく必要があるのです。このような資質は一朝一夕には得られません。日ごろから、いろいろなことに興味を持ち、アンテナを張り、メリハリをつける生活を心がけましょう。字幕翻訳者になるために、無駄なことはひとつもありません。

まずは、英語・日本語に限らず、言葉に敏感になり、物事を後回しにしないような生活を始めましょう。日々の積み重ねがあってこそ、質のよい字幕が書けるようになるのです。




3. 【時代の流れ…そしてSSTへ】 2004年3月29日(月)
字幕翻訳を学ぶ人の数は、ここ何年かで爆発的に増加しました。書店に行けば、「映像翻訳者になるために・・・」というような雑誌・書籍も目にします。
学習の方法には様々な選択肢が用意されています。レンタル店に並ぶ海外のドラマ・映画には字幕がついているので、自分なりに学習したい人は、教材に困ることはありません。
字幕翻訳を教える学校も、あちらこちらに存在します。私たちのような小さな会社でも、翻訳者志望の方の応募が後を絶ちません。そこには「あこがれ」・・・のようなものがあるからでしょうか。

その昔、いわゆる「キンツマ」のドラマで石田あゆみ扮する字幕翻訳者が主要登場人物の1人として出演していたのを覚えている方もいらっしゃるでしょう。
美しく着飾ったイシダサンが、ストップウォッチ片手に「そうね、この英文にはこんな言葉がピッタリだわ!」などとおっしゃりながら、整然としておしゃれな自宅の仕事部屋の中を優雅に1周したりするのです。それを見ていた私たち翻訳者は、「あんなの、あり得ない!」と話したものです。当時、私達が、どのように仕事に取り組んでいたのかお話しましょう。もちろん、あのように優雅にお仕事をこなされていた方もいるかもしれませんが・・・。

まず、翻訳の作業中の部屋は物であふれていました。英和辞書、国語辞典、類語辞典、百科事典などの分厚い本の数々、資料として集めた様々な文献、机の上には、鉛筆で何度も書いては消して波打った原稿用紙と、消しゴムのカスの山。今では当たり前のパソコンやインターネットなど、想像もしなかった頃です。宅配便もFAXも普及していない時代で、手書きの原稿とハコ書きしたスクリプトを持って、片道2時間近くかけ、納品に行きました。時には、締め切りギリギリまで手直しして、フラフラになりながら、電車に揺られて行ったものです。「あこがれ」とは程遠い生活を送っていましたね。

しかし、字幕翻訳者の仕事が、その後、激変するのです。

まずワープロというものが登場しました。最初はかなり高価でしたが、30万円ぐらいに値が下がって何とか手が届くようになると、「高いな〜」と思いつつも、校正が格段に
楽になるということで大枚はたいて購入。消しゴムの山から解放され、原稿の直しが楽なことに大感激しました。ただ、バックアップが甘くて書いた原稿が消えてしまったことも何度かあり、そのときばかりは、「手書きだったらこんなことなかったのに〜」と思いました。でも、徐々に、手書き原稿では納品が出来ないシステムになり、フロッピー納品が当たり前になっていったのです。もちろん、まだ、そのフロッピーを持って納品に行く・・・というのは変わりません。原稿用紙より軽く、持ち運びは楽になりましたが・・・。

その後は、ご存知のようにパソコンでの作業が当たり前になり、調べ物も机の前を離れず瞬時に出来、納品もメールで・・・と時代の波はとどまるところを知りません。

そしてさらに、進化は進んでいます。数年前、SSTというスポッティングと字幕翻訳が一度に出来るという私達の頃には夢にも思わなかった機材まで登場しました。数年前、最初にSSTに触れたときは、本当に「これはスゴい!」と、心から思いました。チェッカー出身で、スポッティングをした事のなかった私でも、簡単にスポッティングが取れるんですから・・・。(最初は、取れている・・・と“勘違い”していただけですが。これについては、次回詳しく話します)。画面上で、自分が書いた字幕を瞬時に見ることが出来、仮ミックスビデオを待ってから直す必要がなくなったのです。

縦に字幕を入れることも、縦横同時に字幕を出すことも、イタリックにすることも、ルビを振ることも、あっという間に出来てしまうなんて、古くからやってるものにとっては、まさに驚きの連続でした。おまけに、スポッティングリスト(ハコガキの長さのリスト)のように、尺まで出てしまうんですから・・・。でも、同時に翻訳者の中には「翻訳だけじゃなく、スポッティングもやらされ・・・」などと危惧する人もいました。実際は、ストップウォッチでタイムを計るより、ずっと楽でなので、最近では、以前からの翻訳者も、SSTで作業をするようになって来ました。それは、SSTの性能もよくなり、SSTのファイルでの納品を望む制作会社が増えているからです。ここにも、また、時代の波がやってきているのです。
本当に昔は(なんて言ってると、自分が何だか昔の人に思えてきて空しいのですが・・・)“スポッティング”というのはまったくの分業で、かなりの技術を持った人だけが出来る仕事でした。観客が、字幕を無理なく疲れないで読めるようにと心を配り、どうすれば美しく、リズムよく
字幕を入れることが出来るか・・・というポイントを、1フレーム(1秒の30分の一)単位で作っていくのです。まさに職人技が光る作業でした。

最近は、SSTの普及もあり、スポッティングが“字幕翻訳のおまけ”のような立場に追いやられている感じが否めません。SSTで作業をする翻訳者もスポッティングにはほとんど神経を使っていないような気がします。IN点 とOUT点(字幕を入れる個所のアタマとオシリ)があいまいで、安定していないものをよく見かけます。不安定なスポッティングは、見る人を疲れさせ、字幕をきちんと読んでもらえなくなる原因となるのです。非常に多いのは、字幕の字数稼ぎのために、無理してハコを大きく取ったり、OUT点を不自然に伸ばしているようなケースです。心ある制作会社は、字幕だけでなくスポッティングの良し悪しにもこだわりを持っています。会社や素材によって違いますが、Inをきっちり取るのが好きな会社、2フレーム出すのが好きな会社、3フレーム出すのが好きな会社・・・など、お好みもそれぞれです。

ということで、次回は、SSTとうまく付き合う方法などについて、考えてみたいと思います。




4. 【SSTの時代】 2004年5月6日(木)
前回、スポッティングの重要性について少しお話させていただきました。
今回は、その続きです。

でも、その前に、大まかな字幕翻訳の流れをお話しておきましょう。
字幕翻訳をする時は、まず、英語(原語)の台本に、「ハコガキ」をしていきます。
ハコガキとは、字幕を読みやすくするために、ちょうどよい場所で、原語のせりふを切る作業です。字幕作りにはクライアントにもよりますが、標準的に「1秒のせりふにつき4文字まで:最大14文字2行まで」というルールがあるので、最長でも7秒ごとにせりふを切っていかなければなりません。(大抵の場合は、6秒未満で切ります)
そのハコガキに沿って、秒数を計り、1枚1枚の字幕の文字数を決めて、初めて翻訳作業に取り掛かるわけです。

さて、次にスポッティングです。
スポッティングとは、字幕1枚1枚について、それをどこに入れるか決める作業です。
通常は、言葉が入っている箇所(せりふ・ナレーション)や原語のテロップが入っている個所に入れます。90分の映画の字幕ですと、900枚から1000枚はありますし、音声解説などでは、1500枚ぐらいになることもあり、とても大変な作業です。
このスポッティングは、ハコガキした台本に沿って行います。スポッティングを専業にしている人は、1日に1000枚以上スポッティングを打ったりします。
前回も書きましたが、スポッティングがうまくなるには非常に多くの時間と訓練が必要です。しかし、スポッティングがうまい人は、例外なくハコガキがとても安定しています。
ハコガキがうまいということは、リズムがあり読みやすい字幕を書くための土台ができているということなのです。土台がしっかりしていないと、頑丈な家も倒れてしまうのは、お分かりでしょう。

これをお読みになっている方の中にも、字幕翻訳をすでにお仕事としてやっていらっしゃる方もいると思いますが、どれだけの方が、ハコガキに十分な注意と時間を割いていらっしゃるでしょうか。実は字幕の良し悪しは、ハコガキに左右される場合が非常に多いのです。私も、様々な方の字幕翻訳を見る機会がありますが、ハコをもう少し変えたらグッとよくなるのに・・・と思うことがしばしばあります。

さて、SSTについてです。私達も活用させて頂いていますが、非常に便利なソフトです。ご覧になったことがある方、使ったことがある方、あるいは、ご自宅にお持ちの方もいるかもしれません。SSTは非常に便利で、書いた字幕をそのまま映像上で確認することができ、字幕のイメージがつかみやすくなる優れものです。また、ハコの長さを計るのもストップウォッチよりずっと楽で、文字数制限も瞬時に分かる・・・字幕翻訳者にとって夢のようなソフトです。しかし・・・です。スポッティングが正確に打てない人は、実はそこまでの機能しか使うことができていません。マウスを動かせば、スポッティングが打てているような気にはなります。しかし、商品としてお金を頂くクオリティに達するまでには、相当の訓練が必要なのです。

そうは言っても、「でも私は、SSTで字幕翻訳を行い、納品をしています」とおっしゃる方もいるでしょう。しかし、放送媒体で使用される字幕で、流れて消えてしまう字幕については、スポッティングをうるさく言わない会社もあります。また、そうでない場合は、制作会社側で一つ一つスポッティングを手直ししているのが現状です。同業他社の人と話をすると、必ず話題なるのが、「スポッティングがうまい翻訳者さんっていないね」ということです。1秒の30分一について、どれだけ理解し、それを大事にしている人がいるでしょうか。会社によっては、スポッティングは個人翻訳者さんには任せず、自社の社員がすべてやるとおっしゃるところもあります。

簡単に言えば、SSTが開発される前は、スポッティングは高度な技術を要するので、それだけで料金が発生しましたが、今は、SSTを使って翻訳をする場合、「SSTは翻訳を楽にするツール」というとらえ方で、高度な技術として認識されていないということです。ですから、個別の料金も発生せず、翻訳料金に含まれる場合が多いのです。

さて、弊社の場合はどうでしょう。
私達は、スポッティングをとても大事にしています。スポッティングは技術だととらえています。ですから、他社からスポッティングだけの発注をいただくこともあります。また、SSTを使って翻訳をしている翻訳者さんに発注する場合は、スポッティングを厳しく指導しています。翻訳者を目指している方、実際に字幕を書き始めている方は、「字幕の内容がよければ、いいじゃない」と思う方もいらっしゃるでしょう。テキストで納品される方の場合はそれでも何とかなります。SSTを自分の翻訳を楽にするための道具ととらえるなら、それもいいでしょう。でもスポッティングを取ってお金を頂く限り、そこにプロ意識をもってもらいたいと思います。

これから字幕翻訳者として生き残る道…それは、いかにSSTの技術を磨くかということです。制作会社の方々は異口同音にこうおっしゃいます。「字幕翻訳がある程度できる人は、数え切れないほどいるが、スポッティングをキチンと取れる人はいない。SSTでスポッティングが取れます・・・と言って売り込みに来る人で、使い物になるスポッティングが打てた人はひとりもいない」。ということは、字幕翻訳ができて、さらにスポッティングがプロレベルなら、いい仕事を優先的に発注してもらえる・・・ということです。下手なスポッティングを手直しするのは、本当に大変なのです。急激に増えた字幕翻訳者の中でリードするには、確かな技術を習得するのが近道なのは明白です。翻訳の内容には、それほど差が出ないことが多いからです。
SSTは、急激に字幕翻訳業界に浸透してきました。今後はますます個人で所有する方も増えることでしょう。でも、このすばらしいツールを、どのように活用していくか、自分はこれで何をしたいのかをよく考えることも大切です。




5. 【プロの仕事】 5月27日(木)
「仕事(職業)」とは何でしょうか。自分の行動に対して、人様からお金を頂戴する行為です。それが事務職でも、シェフでも、営業の仕事であっても、会社員でもフリーランスでも同じです。そして、お金を払う人の目はとても厳しいものです。いい加減な仕事内容や製品には、たとえわずかな金額でも払いたくないと思うのです。

中には趣味が高じてそれを仕事にする人もいるかもしれません。ところが自分は趣味のつもりでも、お金を払う側からすれば、それは「プロの仕事」です。不良品にはクレームも出ますし、場合によっては二度とその製品を使ってもらえなくなります。

そして「仕事をする人=プロフェッショナル」でなければならないというのが私の持論です。どのような仕事であっても、自分はプロなのだという自覚を持って取り組まなければ、いい仕事は出来ません。全力を尽くし、お客様(クライアント)が望んでいることを第一に考え、お客様が期待する以上のものをお届けするのがプロです。仕事とは、そういうものです。

さて、字幕翻訳の仕事はどうでしょう。翻訳の中でも、何となく華やかな印象があり、本を1冊訳すより文字数も少ないし簡単そう・・・と思う方も多いのではないでしょうか。ところが実際にやってみると、文字数制限に泣かされたり結構大変なのです。(経験済みの方もいるでしょう)。そして、まだまだプロは少ない…と感じる世界です。

新人さんが書いてきた字幕を納品までにどのぐらい直すと思いますか? 一流のプロの場合、1000枚の字幕の中で、直しは多くても10〜20枚(1〜2%)です。ところが、新人さんの場合、その割合は30%…場合によっては、50〜60%以上にもなります。でも、だからといって、新人のギャラがベテランの十分の一というわけではありません。直しが30%あったから、ギャラも30%カットなどということもありません。
もしこれが何かの部品を作る人で、納品した品の中の10個中3個に不良品があったらどうでしょう。間違いなく、つき返され、代金は支払われません。そして、二度と発注もないでしょう。そういう意味では、字幕翻訳の世界は甘いのかもしれません。最近は、納品したものがどう直されたのか、知らない人が多いのではないでしょうか。でも品質がどうだったのか本人に知らされないままでは、その人は成長できません。それどころか、何が悪かったのか分からないまま、ある日突然、仕事がこなくなったりする可能性もあります。

弊社の場合、特に直しが入る割合が多いのかもしれません。翻訳者が納品した原稿を、チェッカーと演出の少なくとも2人が目を通します。手間とお金はかかりますが、それは、お客様を第一に考え、よりよいものを出したいという気持ちがあるからです。ほとんど営業をしたことがないにもかかわらず、クチコミやリピートで仕事を依頼されつづけているのもこういう気持ちがあるからだと思っています。「品質のよいものを、地道に提供しつづけること」…これが重要です。

もちろん、これは翻訳者さんにとっても大切なことです。先ほど書いたとおり、新人さんの翻訳にはチェックがたくさん入ります。私たちは、そのチェック内容を本人に伝えて、自分で直してもらって、再納品してもらいます。本当は、こちらで勝手に直した方が時間も節約できるし簡単なのです。それに、翻訳者さんも面倒だと思っているかもしれません。でも、あえてそういう方法を取っています。それは、もう一度自分の翻訳と向き合ってほしいからです。チェックされたことを真摯に受け止めてきちんと直し、次回の翻訳に役立てられる人は、翻訳者として成長します。

フリーランスの方々を育てる義務は、私達にはありません。でも、縁あって一緒に仕事をしている方々に息の長い翻訳者になってもらいたいですし、また、業界全体の質を下げないために、その手間を惜しみたくないのです。

では、どのような人が成長するのでしょうか。それは前記したような人、すなわち素直な人です。同様のレベルの人が多い中、指摘されたことをきちんと守るだけで、格段の差がつきます。小学生ではないのですが、言われたことをきちんとできない人が多いのが現実です。同じ過ちを繰り返すようだと考えものです。あとは、プロ意識をしっかりと持っていることです。これはすべてに通じることですが、変なプライドを持つのではなく、「字幕は商品であり、お客様のためのものである」・・・という当たり前のことが、きちんと分かっている人です。

字幕翻訳は趣味ではなく、お金を頂いて作業をする「仕事」です。どんなに思い入れが強くでも、ひとりよがりでは仕方ありません。何万、何十万人の目に触れる商品であると認識し、恥ずかしくないプロの仕事をしていきましょう。




6. 【必要なもの】 7月29日(木)
いよいよこの連載も今回が最後となりました。

みなさんが一番知りたいこと、それは多分、どうしたら翻訳者になれるのか、早く翻訳が上達するのか、あるいは、早くSSTの技術が見につくのか、そして、コンスタントに仕事をもらえるようにするにはどうしたらいいのか・・・ということではないでしょうか。
その点については、前回までの文章で、ある程度お分かりいただけたと思います。

いずれにしても、今日の実力が1週間後に飛躍的に伸びることはあり得ないのが翻訳の世界です。数学のように方程式があるわけではなく、答えも1つではありません。いくつかの方程式を暗記すれば、それで満点が取れるのとは違います。文章を読み取り、画面と照らし合わせ、数ある選択肢の中からその場面にふさわしい言葉を選び取っていかなければなりません。それには、たくさんの字幕を見る(読む)経験が不可欠です。当然のことですが、漠然と見ていても上達しません。チェッカーの目で見ることが大事です。これは、翻訳もスポッティングも同じです。現代ならDVDも安価で借りることができますし、教材には事欠きません。1日1本、字幕・スポッティングのチェックをしてみてください。チェックシートを作り、納得がいかない字幕を見つけたら、自分だったら、こう翻訳する、あるいはこういうハコを取る・・・という代案を考えてみてください。これだけで、相当の力がつくのは間違いありません。

中学生の頃、初めて英語を学び始めたとき、先生がこうおっしゃいました。「継続は力なり」「習うより慣れろ」・・・。みなさんも同じような経験をされたのではないでしょうか。字幕翻訳もまさにそのとおりです。いくら技術的なことを頭で分かっていても、体に覚えこませないとモノにはなりません。そして体に覚えこませるには、数をこなすしかありません。「センスを磨く」ということも同じです。やはり地道な努力なしに、未来はないのです。

そして、翻訳者として忘れてはいけないことが、もうひとつあります。それは、自分が翻訳をしている作品に愛情を持つということです。それがドラマでもドキュメンタリーでも、ひとたび翻訳を始めたら、その語り手の気持ちになって、丁寧に言葉を操っていきたいものです。どんな作品でも、その作品を制作した人たちは、何かを伝えるために台本を書き、言葉にしています。その言葉を預かり、作り手の気持ちを表す日本語に置き換えるという作業をする時、そこに愛情がなければ、単なる「横のものを縦にする」だけになってしまいます。

字幕翻訳をしていてペンがのってくると(今では、キーボードがのってくると?)、まるで自分がその登場人物になりきったように、言葉が自然と溢れ出すような感覚に襲われることがあります。ひとつひとつの言葉と辞書を引きながら格闘しているうちは、そういう感覚はないでしょう。辞書との格闘から一歩進んだとき、作品に対する愛も生まれます。

最近は納期が短いということもあってか、かなりな「やっつけ仕事」も見受けます。何とかして英語を日本語に置き換えるので精一杯・・・という切羽詰った感じが伝わり、愛情どころではありません。こういう翻訳では読む方も疲れてしまいます。どんな仕事にも愛情を持って取り組みましょう。
最後に、フリーランスの仕事について触れたいと思います。
会社に属さないフリーランスは、自分で時間の調整がつき、家庭を持つ方々にとっては働きやすい形態と言えるでしょう。しかし、フリーというのは、実は非常に厳しい立場にいます。特に駆け出しの何年間かは、一度仕事を断ったら、次に声がかかる保証はありません。実際に子育てを乗り越えて活躍しているベテランの中には、出産直前も直後もある程度の仕事をこなし、子供が小さい頃は、会社員以上にベビーシッターや保育園をフル活用し、仕事を途切れることなく受注してきています。

また、会社員との掛け持ちをしながら頑張ってきたベテランもいます。そういう方は、一人前になるまでは・・・と、遊ぶ時間を犠牲にしながら平日の夜と土日のほとんどを翻訳にあて、翻訳で食べていかれるメドを立ててフリーになっています。

私自身は、3人の子供を育てながらこの仕事に携わってきました。当時はいつ仕事が来なくなってもおかしくない、私の代わりはいくらでもいるという危機感が常にありました。ですから、この仕事で身を立てると決めた以上、子供を理由に仕事を断ったり、納期を守らなかったことはありません。会社員なら育児休暇や有給休暇を申請することも出来ますが、フリーランスはそうはいかないのです。翻訳者としての仕事とプライベート(家族)の両方を欲張ってきた私は、睡眠時間を削ることと仕事のスピードアップで、乗り切っていきました。

このように書くと現代社会にそぐわない根性物語のようですが、実際、息の長いフリーランスでいるためには、体力と気力も不可欠です。フリーになって7〜8年は、わき目もふらずに走りつづける覚悟が必要かもしれません。20年近くこの世界で活躍している人たちにとっては、「字幕翻訳者であること」が常に自分の中の優先順位の上位を占めていたのは間違いありません。

以上で、連載は終了です。厳しいこともいろいろと書いてきましたが、字幕翻訳者になりたい・・・という夢を持ったみなさんに対する激励と受け取ってもらえたら幸いです。

みなさんが末永く「字幕翻訳」という特別な世界で活躍されることを願ってやみません。
実力と体力をつけ、愛情をもって仕事をしていきましょう。




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