機械翻訳と翻訳者は共存できる? 最新AI翻訳のメリット・デメリットや活用方法を解説

 皆さんは、AI翻訳・機械翻訳にどのようなイメージをお持ちでしょうか。

 一昔前までの機械翻訳は、精度の限界もあり、「補助的な使用にしか適さない」あるいは「全く使い物にならない」と考える人が多かったと思います。しかし、近年ではディープラーニング技術の発達に伴い、AI翻訳の精度も飛躍的な向上を遂げ、人間の翻訳者と遜色ない自然な訳出が可能なケースも増えてきました。完璧を期するにはまだ程遠いとはいえ、翻訳業界においてもAI脅威論は年々強まっています。
 そこで、この記事では、AI翻訳のメリット・デメリットを改めて振り返り、その活用方法を検討することを通じて、翻訳者や翻訳会社、そして翻訳サービスを利用されるクライアント様など、翻訳に関わる全ての人とAIとの共存について考えてみたいと思います。

AI翻訳の現在

 2010年代に登場したNMT(ニューラル機械翻訳)により、AI翻訳は飛躍的な進化を遂げました。ディープラーニング(深層学習)のアルゴリズム(※コンピュータにおける処理の手順)をベースとしたNMTは、人間の脳と類似した思考能力を持ち合わせ、人間が訳したかのような正確・自然な表現の訳出を実現しています。2016年にはGoogleの翻訳サービスにも搭載され、業界に驚きをもたらしました。

 最初期のルールベース翻訳や、1980年代から発展してきた統計翻訳(SMT)とは異なり、NMTのアルゴリズムでは、ディープラーニングに基づいて前後の文章を認識し、文章全体の意味の繋がりやモダリティ(筆者・話者の主観)を把握して訳すことが可能となっています。これにより、学術論文や議事録から会話文まで、文章の種類に応じた適切な文体を選択できるようになり、誤訳も格段に少なくなりました。

 また、分野・業界ごとの専門用語も幅広く扱えるようになり、分野ごとに学習データをチューニング(※特定の作業に適合するようにAIを調整すること)することで、より高精度の翻訳をカスタマイズすることも出来ます。さらには、全世界のユーザーが日々無数に試行する翻訳結果を全て学習データベースに蓄積し、反復学習を行えるため、人間の手で情報をインプットしなくても、AI自身が独りでに翻訳精度を向上させていくことすら可能となっています。従来の「人間が教え込んだデータ通りに動く」という性質の機械翻訳とは、まさに一線を画する技術といえます。

 こうしたAI翻訳の特性を理解し、付き合い方を考えていくことは、今後の翻訳業界にとって避けて通れない課題といえるでしょう。

AI翻訳のメリット

人力での翻訳と比べて、AI翻訳には以下のようなメリットがあります。

①短時間での訳出が可能

 AIの最大の強みは、短時間での訳文の出力が可能なことです。精度を度外視すれば、数千字程度の文章でも数秒で翻訳が可能であり、その作業効率は人力のみで翻訳する場合の比ではありません。
特に、外国語→自国語の翻訳において、訳文を人前に出すことを前提とせず、原文の概要を簡単に把握できれば構わないといった場面では、AI翻訳が圧倒的な利便性を発揮します。

②いつでも翻訳作業が可能

 専門の翻訳者に依頼する場合と異なり、AI翻訳を利用すれば、場所や時間を問わずいつでも翻訳作業を行うことが可能です。このことが業務全体の進捗効率に与える好影響は計り知れないでしょう。

③翻訳コストが大幅に削減可能

 AI翻訳は、先述のビッグデータ収集の目的上、無料または安価でサービスが解放されていることが多く、翻訳者に依頼する場合と比べて翻訳にかかるコストを大幅に削減することも可能です。
このことは、既存の翻訳費用を削減するという意味合いのみならず、従来なら費用面がハードルとなって手を出せなかった翻訳サービスに、企業から個人に至るまで誰もが気軽にアクセスできるようになったことを意味します。今後は、辞書を引いたりWEBで言葉の意味を検索したりするのと同様の手軽さで、誰もが日常の業務や生活の中で外国語文を翻訳して読むのが当たり前となっていくでしょう

AI翻訳のデメリット

AI翻訳には多くのメリットがある一方、無視できないデメリットや課題も未だ多くあります。

①訳出の精度の問題

 AIの課題の最たるものは訳出の正確性です。従来の統計翻訳と比べて精度が上がったと言っても、複雑な文構造や、専門的な文章、逆に映画の台詞に代表される会話調のやりとり等については、まだAI翻訳では対応しきれない部分も多く、人の手での調整が不可欠となってきます。
 NMTのアルゴリズムは、単純に言えば、学習データに記録された膨大な表現の実例から、類似の表現を選び取っているだけであり、今まで誰も発したことのない新しい表現の意味を一から考えているわけではないのです。そうしたことができるのは、未だ人間の脳だけです。

②専門知識の反映の問題

 加えて、特定の分野・業界に関する高度な専門知識の反映や、日々改定される法的要件への対応なども、AIでは追いつかない部分が多く、専門知識を有する人間による確認・調整が欠かせません。

総じて、現在のAI翻訳は、日常的な業務や生活における簡易的な翻訳の助けにはなるものの、専門分野における精緻な翻訳作業においては、まだまだ「人の補助ができる」レベルにとどまっており、頼り切りになるのは危険といえるでしょう。

③情報漏洩等のリスク

 別方面のデメリットとしては、オンラインツールの利用に伴う情報漏洩のリスクも挙げられます。無料または安価で公開されているAI翻訳サービスの多くは、先述のようにデータの収集を目的としており、入力した文章が思わぬ形でWEB上に流出してしまうことも考えられます。機密情報を含む内容を翻訳する場合は、匿名化やデータの保護機能を備えたサービスを利用することが最低限の条件といえます。

AI翻訳の活用方法・AI翻訳との共存

ここまでの話から、現在のAI翻訳が相当に高度なレベルに達していること、しかし全てをAI任せにできる段階にはまだ遠いことがお分かりでしょう。では、これからの時代におけるAI翻訳の活用方法は、どのような形になっていくのでしょうか。

 最も建設的なシナリオとしては、専門知識を持つ翻訳者が、AI翻訳の特性を把握してツールとして使いこなしつつ、自身のスキルもよりAI翻訳を活かせる形に調整していく――という形での「共存」が考えられます。

 現在、翻訳業界で需要が高まっているのが、AI翻訳の訳文を自然な形に修正する「ポストエディット(後編集)」と呼ばれる仕事です。これに従事する人材(ポストエディター)には、自身も翻訳や専門分野の知識を有することに加えて、AIの特性にも精通し、「AIがどのようなミスをするか・AIの訳文にはどのような不備が生じうるか」を肌感覚のレベルで知り尽くしていることが求められます。そうしたポストエディターの育成に力を入れる翻訳業者も出ているほどであり、今後、翻訳者を志すには必須のスキルとなっていくかもしれません。

 また、ポストエディットと同様に重要なのが、プリエディット(前編集)と呼ばれる工程です。これは翻訳者や通訳者の脳内で当たり前に行われている言い換えに似ていますが、原文をAIに渡すにあたり、よりAIにとって訳しやすい形にあらかじめ書き換えていく作業のことです。専門のポストエディターでなくとも、AI翻訳を利用する上で、こうした作業を滞りなく行えることは前提条件となってくるでしょう。

 世間では、生成AIの台頭に伴い、「多くの仕事がAIに奪われる」などと言われて久しいですが、翻訳の世界においては人の仕事が全てAIに取って代わられてしまうことはまずないと考えられます。
しかし、スキルの低い人は翻訳AIとポストエディターの活躍によって淘汰され、一方で専門知識やAIの特性に精通した人は一層業界で重用されていくといった形で、翻訳者の待遇の二極化が進んでいく可能性はあります。そうした時代の動きに遅れを取らないためには、AI翻訳を「商売敵」と見なして視界から遠ざけるのではなく、むしろ積極的にAIと触れ合い、その利点・欠点を深いレベルで把握していくことが求められるでしょう。

まとめ

 本記事では、AI翻訳のメリットやデメリット、今後のAI翻訳の活用法について解説しました。

翻訳作業の効率を格段に上げてくれるAI翻訳ですが、その性能は未だ発展途上で、人間の翻訳者による舵取りは必要不可欠です。これからの時代は、人間とAIが互いの弱みを補い合い、強みを活かし合いながら、共存共栄を図っていくことが重要となるでしょう。

 弊社では、来る2024年3月2日、第18回「映像翻訳フォーラム」の開催を予定しております。
今回は「~vs(versus)から w/(with)へ~」というテーマを掲げ、機械翻訳との共存についてより深く認識して頂ける機会をご提供したいと考えております。ご興味をお持ちの翻訳業界の方は、奮ってご来場頂けますと幸いです。